
ある男の紹介:2021年日本映画。芥川賞作家、平野啓一郎の長編小説「ある男」。亡くなった夫が別人だった、というこのヒューマンミステリーを映画化したのは『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督だ。主演は『愚行録』以来5年ぶりに石川監督とタッグを組む妻夫木聡。在日韓国三世の人権弁護士として謎に迫っていく男を演じる。“ある男”は窪田正孝。前半と後半でちがった演技を見せ、運命に翻弄された悲しき男とその彼がつかんだ幸せを見事に体現した。そしてその妻役、安藤サクラも繊細な演技を披露している。
監督:石川慶 出演:妻夫木聡(城戸章良)、安藤サクラ(谷口里枝)、窪田正孝(「谷口大祐」〈ある男X〉)、清野菜名(後藤美涼)、眞島秀和(谷口恭一)、小籔千豊(中北)、坂元愛登(悠人)、山口美也子(武本初江)、仲野太賀(谷口大祐〈本物〉)、真木よう子(城戸香織)、柄本明(小見浦憲男)、きたろう(伊東)、河合優実(茜)、カトウシンスケ(柳沢)、でんでん(小菅)ほか
仲野太賀 国内 妻夫木聡 安藤サクラ 柄本明 清野菜名 眞島秀和 窪田正孝
映画「ある男」解説
この解説記事には映画「ある男」のネタバレが含まれます。あらすじを結末まで解説していますので映画鑑賞前の方は閲覧をご遠慮ください。
ある男のネタバレあらすじ:起
武本里枝は離婚して息子を連れて、宮崎県にある実家の文房具店に戻ってきた女性です。ある日、見慣れない男性がスケッチブックを買いにやってきました。その後もよく画材を買いにくるようになったその男は谷口大祐といい、林業の会社に勤めているようです。
また買物にきた大祐は、以前常連客に冗談で言われたことを真に受け、スケッチブックに描きためた絵を里枝に見せます。そして「もしよかったら友だちになってもらえませんか?」と言い、里枝は買物しなくていいから絵を見せにくるようにと答えるのでした。
やがてふたりは親密になり、悠人と3人でうなぎ屋に出かけます。そこで里枝は悠人の下に弟がいたが病気で亡くなってしまったこと、治療をめぐって対立したことが離婚の原因だったことなどを話します。涙ぐむ里枝の手を取り弟の名前をたずねる大祐。そして「りょうくん、りょうくん」と呼びかけるようにその名を口にします。
大祐とつき合い始めた里枝。時折自分の顔に怯えたようにパニックになる大祐を、里枝はやさしく抱きしめるのでした。
結婚したふたりには悠人の妹もできました。中学生の悠人は大祐のことが大好きで、よく学校をさぼっては大祐の職場で過ごしています。この日もそうしてついてきた悠人でしたが、大祐はあっけなく仕事中の事故で亡くなってしまいます。
一周忌の法要に、大祐が語りたがらなかった兄の恭一がやってきました。連絡したものかどうか迷ったという里枝に対し恭一は「よく言ってなかったでしょう」と言い、仲が悪かったことをうかがわせます。仏壇で遺影を見た恭一は、これは大祐じゃないと言い出しふたりは言い合いになります。ではこの写真の人物は一体だれなのでしょうか。
ある男のネタバレあらすじ:承
里枝から連絡を受けた弁護士の城戸が宮崎にやってきます。城戸は里枝に死亡届を取り消すよう指示し、DNA鑑定に必要な爪やヒゲなどを持ち帰ります。
城戸は横浜のマンションで妻の香織、息子の颯太と3人暮らし。香織の両親は在日三世である城戸を気づかい、気にしていないとあえて口にします。香織は父の援助で一戸建てに引っ越そうと楽しそうに語りますが城戸は気が進みません。
城戸は大祐の実家、群馬の温泉旅館を訪れます。恭一は、大祐が宮崎の前は大阪にいたことをつかんでいました。そして本物の大祐は偽物に殺されたのではないかと疑っています。
城戸は次に大祐の元恋人、後藤美涼をたずねます。スナックで働く彼女が最後に会ったのは彼の父親の葬儀だったそうで、まだ彼を好きなのか涙ぐんでいました。
城戸は電話で、大祐が本物ではないことが証明されたと里枝に報告します。里枝は悠人から、なぜお墓をつくらないのかと詰めよられ、仕方なく事実を打ち明けます。苗字が変わることに神経質になっている悠人は不機嫌になってしまます。
同僚の中北に戸籍交換のことを聞いた城戸は、その仲介人である小見浦憲男が服役している大阪刑務所をたずねます。彼はすぐに城戸が在日であることを指摘し、関係のない話に終始した挙句面会を打ち切ってしまいます。
後日、小見浦から届いた絵ハガキには城戸をバカにする言葉と「谷口大祐」「曾根崎義彦」というふたつの名前が記されていました。
城戸たちは死刑囚の描いた絵画の展示会を開催しています。そこで行われる死刑反対に関する講演会に、城戸のことが気になりインスタグラムをチェックしていた美涼が来ています。彼女は城戸に、大祐の偽アカウントをつくっておびき出すことを提案します。
作品をみていた城戸は、宮崎でみた里枝の夫の描いた絵と似た絵を見つけます。その絵は小林謙吉という人物が描いたもので、プログラムに掲載されたその顔は里枝の夫と瓜二つです。そして謙吉には息子がいて、名前は原誠だということが判明します。
再び小見浦をたずねた城戸は「曾根崎義彦」について教えてほしいと頼みますがはぐらかされてしまいます。
ある男のネタバレあらすじ:転
<回想>小林誠少年は近所の友だちの家をおとずれます。しかしその家から、自分の父親が血だらけで包丁を持って出てきました。家の中では友だちとその両親が無惨な姿で転がっていました。
原誠が所属していたボクシングジムを訪れた城戸は、誠が新人王を目前にしてやめてしまったことを知ります。トレーナーの柳沢いわく、そのころ誠が路上に転がり泣いたことがあったそうで、その後ビルから転落してケガをしたといいます。誠に期待していた会長の小菅はそれ以降鬱になってしまったそうでいまも具合が悪そうです。自殺だったのかと聞かれた城戸が違うと答えると、柳沢はほっとしたような表情を浮かべました。
城戸は妻の香織に、仕事にのめり込みすぎじゃない?と指摘されます。出張が多いので浮気を疑っているようです。
城戸の事務所では一連の調査報告がおこなわれ、里枝と恭一が顔を合わせます。弟や里枝を侮辱した恭一に対しめずらしく城戸が怒りをあらわにします。
宮崎に帰った里枝は、苗字はもとに戻さなければならないと悠人に説明します。悠人は、「寂しいね」と言って泣き、義理の父が大好きだった息子を里枝はやさしく抱きしめました。
ある男の結末
SonezakiYoshihikoというアカウントから警告メッセージが来たと美涼から報告を受けた城戸は、ふたりで会いに行くことにします。待ち合わせは名古屋の喫茶店。それが谷口大祐本人であることを確認した美涼はひとり店の中へ。見つめ合う本物の谷口大祐と美涼の姿を見届け城戸は立ち去ります。
城戸はそのまま宮崎へ行き、誠が亡くなった場所をおとずれます。そして里枝への報告を終え、こう伝えます。「ここで過ごした3年数ヶ月が彼にとっての人生のすべて。初めて幸せだったと思います」
里枝は、真実を知る必要はなかったと言い、「この町で出会い、愛し合い、いっしょに暮らし、子どもが生まれた。それは事実だから…」とかみしめるように答えるのでした。
悠人に報告書を渡した里枝は、その感想をたずねます。悠人は、自分が父親にしてほしかったことをぼくにしてた、だからあんなにやさしかったんだと答えます。里枝は「それだけじゃない。やっぱり悠人のこと、好きだったと思うよ」と言います。妹にはいずれ自分から伝えると悠人は約束し、里枝は息子の成長をうれしく思うのでした。
帰り道、城戸は誠の姿を見たような気がしました。彼は山に向ってふっと消えました。
久しぶりにのんびりした城戸は、自宅で息子の颯太と遊んでいます。遅く帰ってきた香織は戸建ての話は断った、とにこやかに話します。
休日に家族で出かけた城戸は、混雑したレストランで座っています。颯太が香織のスマホでゲームをやっているので、彼女はそのままひとりトイレに席を立ちます。そのときLINEの通知が届き、男性名でハートマーク付きのメッセージが見えました。どうやら昨夜は飲み会ではなくその男性とのデートだったと気づく城戸。しかしすぐ、見なかったことにします。
バーでウィスキーを飲んでいる城戸。別の客に世間話でお子さんは?と聞かれ、「4歳、と13歳」と答えます。それから老舗の温泉旅館の二男坊という別人になりきり話し始めます。帰り際、名刺を出してきた相手に対し城戸は笑顔で「名刺切らしてて…」と答えます。
壁に飾られている《複製禁止》(ルネ・マグリット作)。そこに城戸の後ろ姿も重なっていました。
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